展覧会Exhibitions
となりのひと—芸術学部×人文学部
2026.08.21 - 2026.08.29
- 開場時間
- 11:00~18:00
- 休場日
- 8/23(日)
- 入場料
- 無料
- 会場
- 京都精華大学ギャラリーTerra-S
- 出品作家
- ⾚⽻巫宇、正⼼⿎太郎、⾼嶺⼩紋、中川朗太、古島百花、細井晴太、⼭本良太、ユウ・エツリン
- 主催
- となりのひと—芸術学部×人文学部実行委員会
- 広報物デザイン
- ヒラカワカズテル/OKPK
概要
「となりのひと」は、単に隣にいる人を指す言葉ではない。誰かから話を聞いた人、大学ですれ違っていた人、まだ会ったことはないけれど名前だけを知っていた人。そうした他者との関係は、ある出来事をきっかけに少しずつ縮まり、「遠くの誰か」は「となりのひと」へと変わっていく。
本展は、そのような関係の生成を「展示」という場を通して試みるグループ展である。芸術学部と人文学部の学生が、それぞれの視点を持ち寄り、平面・立体・インスタレーションなど、多様な表現形式を一つの空間で展開する。
アーティストプロフィール
古島百花|Furushima Momoka
紙とは、本来その上に載せられる情報を立てるために、自らの存在を主張しないことが求められる素材である。私は、作品素材として扱う写真や廃棄された書類、新聞紙などの紙媒体を「現代社会を構築する情報の断片」と捉え、それらを一度解体し画面上に再構築することで、情報に従属していた紙そのものの存在を前景化しようと試みている。
山本良太|Yamamoto Ryota
私は記憶の中のひとを描いている。忘却によって欠け落ちた断片は、憧れや願望によって補われ、いつしか別の存在へと変形していく。その変形は、他者を私の理解できる形へ引き寄せてしまう暴力である。同時に、それは失われていく他者を留めようとする試みでもある。私はそのズレの中に、自分自身の欲望や欠落の輪郭を見ている。
正心鼓太郎|Shoshin Kotaro
日々の生活を送る中で、それまで気にかけていなかった静物や場所に惹かれる瞬間が多々ある。写生を行いそれらと向き合ううちにモチーフの向こう側に感じた人物の気配や感情、記憶を汲み取り画面に起こす。私は描くことを通して自身の経験や考察と重ね合わせながらその場にはいない、あるいはかつて存在していたであろう人物の痕跡を辿っている。
細井晴太|Hosoi Haruta
主に粘土を用いた彫刻を行う。粘土の自律的な動きと、身体の具象彫刻からなるリアルを融合させる彫塑。その制作プロセスに伴う「不自由さ」に、私は今、新たなリアルを感じている。その不自由さの中に蠢(うごめ)く、素材の自律的な動き。それらが作品や空間全体と響き合う、ひとつの調和を探求し、表現する。
ユウ エツリン|Yang Yuelin
最近、人の心の奥深くに潜み、日常生活の中では意識されにくい感情や思考に関心を持っている。それらは夢の中で、しばしば不可思議な出来事やイメージとして現れる。本作品は「夢」をテーマとし、白黒の線画を通して、人の心に存在する潜在意識の表現を試みたものである。夢のような不可思議なモチーフを用いながら、 人の誕生や生活をはじめとする多様な人生の状態を描いている。また、 銅版雁皮紙印刷の技法を用いることで、 対称的な構成による表現の可能性についても探求した。
赤羽巫宇|Akabane Fu
2026年3月まで本学国際文化学部人文学科に在籍。美学や芸術論をはじめ社会的マイノリティや国際的な諸問題について学んだ後、芸術学部立体造形専攻へ転学部。幼年から文学に親しみ「文章」を作品とし、造形物はその補填に過ぎないというスタンスで作品を制作している。実は大の美術嫌いで絵が下手なことを気にしている。好きな芸術家は岡本太郎で、彼の眠る多磨霊園で降霊術を行い自分自身に岡本太郎を憑依させようとしたことがある。
高嶺小紋|Takamine Comon
私の身体は、操縦席付きの乗り物である。乗り物である身体と操縦者である意識は、どちらが私か。意識が私か。操縦席は狭いから、たまに外に出て自分以外の何かになりたくなる。操縦者である私は少しの間席を外し、遠くに住む祖父の元へ行く。祖父が幼少期に耳にしたという、大きな池に張った氷の割れる音が聞きたくて。本作は、祖父の生きるリズムに自身を重ね、その身体から見える景色への接近を試みるインスタレーションと詩による作品である。
中川朗太|Nakagawa Rota
「あなた」とされるものを、しろうとする。 みようとする。きこうとする。かんじようとする。うけとろうとする。「あなた」とされるものに、ふれようとする。しる。みる。きく。かんじる。うけとる。ふれる。かんがえる。それらをかきとどめる。(くりかえす)きいてしまったこと、であってしまったこと、うけとってしまったこと、そのことからかんがえる。「あなた」が、「たしかにいま、ここにいる」ということ。そのことからかんがえる。

